ストレス解消 ストレス発散 ストレスマネジメント

疲れた心へガイアウェブ 管理人プロフィール,お問合せはこちらから





ストレス耐性の獲得へ


ストレスに対する免疫力を「ストレス耐性」と言います。
ストレスといえば主に、疲労感を連想させますから、とかく現実から離れる休養のみ、発想しがちの私たちがいます。
一方で、今、自分の目の前にあるものとは、疲れとして、本当に感じる価値のある対象であるのか?
現実への対処能力を上げるという、ストレスマネジメントのもう一つの意味合いからは、この点の吟味もまた、大いに必要であると申し上げられるのです。
しかしながら、私の本音としましては、「ただ努力しろ!」「強くなれ!」とだけ、申し上げたいのではありません。
スパルタなことだけを言われても、理屈が繋がっていないのですから、そんなものは、真の努力を促しもしないですよね。
努力を図るにあたっても、ある程度の理屈が繋がっていて、「・・・ああそうしよう、そうしてみよう。」と、自然に感じられる。
私は、そういうものを大切にしたいのです。

ですから、納得のいかないストレスに耐えることへの、「盲目的な従い」をせっかちに勧める気持ちは全くありません。
半面、「ストレスをただ投げ出すことに限らず、その正体についてよく知ろうとする、根気のよい取り組み」は、とても大切であると申し上げたいと思います。
自らを知ろうともしない姿勢さえ、実質的には、頭ごなしに叱りつける手荒さと同様の行為となってしまうからです。
その上で、次のように申し上げたいと思います。
もしかすると、今の2倍、理解に努める自分に向けて、意識を集中させてみるだけで、世界を新しく感じることは、充分にあることかもしれないと。
「これは、ストレスでしかない!」と思い、自らで決め付けていたものが、実際は、自分を助けるための要素でもある。
そうした場合、多少の傷つきは覚悟の上で、回避するばかりではない道を選択する自由が、人には与えられているのです。
時に傷を負ってまで、対面する価値のある真実とされる領域が、人には存在しているとも、申し上げられることでしょう。

そのためにも、人は、深く、聴く力を身につける必要があります。集中して、聴き取る力を体得する必要があります。
音を拾って満足するのではなく、それを慎重に吟味し、更には結果を急がず、判断してゆく心構えが必要なのです。
「この人は、何を言おうとしているのだろう?」
「この状況は、どういったことなのだろう?」
そうした問いをせっかちに、相手にぶつける前に、とにかく、自分に対しても集中して尋ねてみる。
その上で、どのように物事を受け止め、取り扱ったならば、よりよい使い方になるのか、その反応を心で触診していくのです。
より的確な反応を得たいのであれば、相手の表現力にばかり依存するのではなく、聴きながらにして自分自身に問う。この二者による同時作業が、必要になるのです。

この作業はとても大切ですが、実際の人間関係においては、蔑ろにされていることが非常に多いです。
「理解出来なかった自分への気まずさ」を「相手の言葉から受けた、自分の印象への絶対視」に摩り替えて、気まずさを誤魔化すことに全力を注いでしまう。
そんな光景も、よく見かけます。
そして、そのことが、自分の首を絞めるのです。例え、相手の優位に立っているように、見えたとしてもです。
故に私たちは、自分について、吟味をしなければなりません。
そのことの先において、我が身の不幸が薄まったならば、良いストレスでもあったと、振り返ることは可能なのです。

「ストレス耐性」を身につけるというのは、無理な姿勢の継続や、回避による心の麻痺を言うのではありません。
「ストレスを把握することに、慎重になりなさい」と、言っているのです。そういう言語なのです。
ステレオタイプ的に癒しを謳うに限らず、癒しの本質を理解しようとする姿勢が、癒しを導くのではないでしょうか。
ストレスを自ら吟味し、聴き取る姿勢をもってして、扱うストレスと、扱わないストレスを見分けていく責任は、一人一人に置かれています。







Copyright (C) 2008- ガイアウェブ sumi , All rights reserved.