泣きたい、悲しい・・・


「泣きたい」という言葉を選んだのは何故だろう?
そういえばあの日の私は、悲しい気持ちになりながら、
その思いを止めてしまったっけ。
感情を曝すのが気まずいから、ぐっとこらえた。飲み込んだ。
あの喉の痛み、体のこわばり…。
そういえば、だいぶ、こらえ癖が身に着いたな。

笑いたくも無い時に、笑い、明るく振舞う。
それが当たり前になって、いつの間にか、どこか機械的になってしまった。

そんなことを思いながら、一人の時間を過ごしていると、
柔らかい風が右側の頬を撫でた。風はしっとりと、自然の匂いも運んでくる。
まるで呼ばれるように顔を向けると、お月さまが優しく照っていた。
風呂あがりに体の緊張も解けた折、何も語らぬ月や風が何かを囁いた。
数回、文字にならぬメッセージが心を揺らし、ふいに感情がこみ上げて来た。
目元の水が零れないよう、まぶたがそっと抑えにかかる。
でも、それは無理だった。
まぶたを物ともせずに、頬を雫が伝ったのだ。

気休めの言葉にはしぶといのに、
どうしてあのメッセージは、容易く私を泣かせるのだろう。
だけど、ふいに涙が零れた時に、お風呂では解せなかったものが、
急に溶け落ちた。
そして、泣いてみて初めて、私は気がついた。
ああ、私は、緊張していたのだ。明るく笑っていても、風呂上りでも張っていた。
「それは、リラックスしているわけじゃないよ。」
涙は、それを教えていった。
アインシュタインの論文でも、こうもわかりやすくはないだろう。

私には、言葉を超えたものがある。
「言葉に、依り過ぎる病」にかかった時に、
時々、やってくるお抱え主治医のようなもの。
だけど……、そういえば、私以上に泣けなくなってしまったあの子は、どうしたかな。最後に会った時、小さなリセットをかけられない不自由さに、苦しそうだった。言葉を超えたものが、苦しそうだった。
太陽ばかり見ていたあの子、時々は、月を仰ぐ自分を許せるようになったかな。





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