| オリジナル短編小説 |
| 休息への扉 |
数日後、僕はある駅に立っていた。 近代化していないわけではないのだが、どこか過去を思わせる街並みが改札向こうに見えた。変わってしまったという感じと変わっていないという感じが両立している。その奇妙な感覚を楽しみながら、手紙の住所を訪ねた。 僕がその家に着いたのは、夕日が重力と仲良くなる時刻…。僕の目の前には、やや黄土がかった白い壁の家が昔と変わらずにたたずんでいた。 チャイムを鳴らすと、見覚えのある風貌が現れた。 「あら?どなたかと思えば、…そう、 …昔遊びに来てくれた一海君じゃないの!」 白髪が目立つようになったが、相変わらずの明る過ぎない優しい口調。 「おばさん、お久しぶりです。」 数分話をしたところで、奥へと通された。 実は、この訪問は事前連絡をしていない。 けれども、この時間帯であればそのことが大した問題では無いことを僕は知っていた。 「凪ー。お客さんよ。」 彼女の母親は、軽くドアをノックして去っていった。 カチャリとドアが開く。 ふいに柔らかい潮風と共に、穏やかな面持ちの女性が姿を見せた。 小さく驚いた顔をしながらも、すぐに笑顔に変装をした。また、 「連絡しないで、来てくれたんだねえ。」 予想外だったと、告げられた。 *** 彼女の部屋は、海に面している。 その方角からの夕風に包まれながら、他愛も無い話をした。 暫く会っていなかったとは思えないくらい、話は続く。 ひとしきり言葉のキャッチボールをしたところで、凪は良いものがあると棚からお菓子の箱を持ってきた。 彼女は、相変わらずとてもゆっくり動く。 仕事で忙しい僕の日常とは、別の国の住人だ。 けれども、それが彼女のペースであり、彼女には当たり前なのである。 というよりも、凪はそのペースで生きなければ世の中を楽しむことすら出来ないのである。取り立てて大きな病気というわけではないが、そういう人があるのだそうだ。 彼女はこの場所にいながら、様々を楽しむという生き方を主流にしている人なのだ。だから、この時間帯には必ず「居る」と思う他なかったのである。 これが、僕がアポもとらずにここへやって来れた理由である。 彼女と過ごす時間は、独特である。 けれども、それが異様だと感じたことはない。 それは、こうして日常を外れた時間を過ごしながらも、 彼女がそこに他者を縛らないからなのだろう。 凪は自分の時間が独特であると知っていながら、それを卑下してはいない。 だから、自分とは違う時間を過ごせる大勢とも時間を楽しみ、 そして羨むこともなく日常へ送り出せるのだそうだ。 大人になるにつれ、僕はだんだんと彼女とは違う時間を生きるようになった。 彼女のことを思い出すこともなくなり、大勢の日常を生きている。 ところが、彼女の方から思い出すためのきっかけをふいに与えられたのである。これは、単なる偶然なのだろうか…。 *** その日の帰り、僕はふと思い至った。 今日は、最近の僕に不足していたものを補給したのかもしれない…と。 海水浴こそしないのは昔からだが、 窓辺の「懐かしい海」に浸かってまた、日常へと僕は戻っていった。 fin
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