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恋愛ストレスとの歩み:愛情について


中庸の概念から成るストレスと道理は同じで、恋愛ストレスについても、一概に排除すべきものではありません。
物事について考え、対処する能力を伸ばす。そうした動作を人間に作用させ、コミュニケーション能力を深めるための機会を与えてくれます。
ですから、人間が成長してゆくための大切なスパイス、それこそが、恋愛ストレスの本質なのです。
実際に、恋愛がうまくいっているなと思う、私の周囲にいる人たちについても、それらと無縁だった人物は皆無に近いです。
ある時、私は、こんなことに気がつきました。
「私は、人間関係のストレスとは、全くの無縁よ〜♪」
といった雰囲気の、妙に元気なばかりの人程、ストレスを実感することへの遠さと比例するように、芯の育つ恋愛経験も少ないことに。
どうやら恋愛という何者かは、人間に、何かを考えて欲しがっているようです。

ところで、順調に親しくなってくると、双方の違いや伝え方について、迷いの生じるのが人間同士です。
むしろ、テンポのみを合わせては、仲良しであると豪語しなければならない状況とは、関係性の遠さを指し示しています。
違いを認識するのが怖いので、豪語によって気持ちを誤魔化すのです。

親しいからこそ、現実にもぶつかると申し上げたら良いのでしょうか。そこからが、人間関係における本当の始まりです。
違いを踏まえながら、他者と繋がるというのはどういうことなのだろうか。
そうした課題が、目の前に浮かび上がることは、悪いばかりではありません。
相手の様々に出会うことで、自分についての様々にも出会ってゆきます。
最初のうちそれらは、痛くて苦しいばかりに思えるでしょうけれど、やがて受容力(器)の広がる変化が、内々に生じ始めます。
その力は、広大です。
自分が自分を受け入れていないからこそ、小さな賛美を他者に求め、それにしがみついていた自身の臆病さまでもを包み込み、心身に安らぎの泉をもたらします。
この賛美を求めるというのは、誉めて〜と言って歩くというよりも、自分のしっかり者さが手放せないといった、暗黙の表出をしていることが多いです。
表立たずに恋愛を壊す馬力の実際は、この暗黙の表出によるものが圧倒的です。
自分の身を守るために、「明るい人間、しっかり者の私」という枠をステレオタイプ的に持ち続けてしまった結果、その点において融通が利かなくなる。
ステレオタイプ的に自身や物事を見ているのですから、他者についても、どうしても同様の枠で眺めてしまいます。
そうした点が、恋愛において、大きな足かせになることは充分にあり得ることなのです。

人間には、暗い気持ちで息をつきたい時もありましょう。そうした間合いを適度に経るからこそ、元気な明日に帰ってゆけるというのでしょうか。
もしも、そのくらいの姿勢で息をついた空気を、無視する態度ばかりのパートナーが身近にいるとしたらどうでしょう?
「明るいのがいいことだ!」と、自分の勤める会社の標語を差し出して、本人ばかりが良いことを言ったつもりでいるとしたら、申し訳ないけれども鬱陶しくなりませんか?
標語は聞かれるけれども、その内容の裏表が吟味されることは無い。そうなってくると、思いやりもへったくれも無くなるのが現実であるかもしれません。
この話題は、手放しで根暗を推奨しているわけではないのですが、人の元気を吸い取ってしまう、過度な元気さや明るさというものがあると申し上げています。

一方で、育つ恋愛を辿る人たちの間には、感情なりの抑揚が見られます。
この抑揚のうちに、恋愛ストレスから学んだあれこれが含まれます。
それは過去からのものもあれば、現在進行形で生じるものから悩み、悟っていく技術でもあります。
自身の至らなさや負の感情と向き合いながら、そんな自分が許せないながらも許してやっていく。
否応にも育っていく懐が、自分以上に未知なる他者を受け入れていくのです。

ハッピーエンドが分かっているドラマや、惨めさを英雄に見せる演出をどこか鵜呑みにしてしまう。そうした傾向には美徳もある半面、実際には毒にもなっています。
人間を成長させ、状況に変化を与えるような負の機会というのは、この先にあるものですが、利口さ(この場合は、勉強が出来る出来ないに限りません。)をサバイバル技術として来た人間は、転べなくなってしまったのです。
もちろん、転ぶばかりが素敵ということでは無いですが、要所要所で転んでおかないと、転んでも尚歩くということの実質を覚え逃してしまうのです。
また、転べた人たちは、負の面も上手に語るものです。明るさでしかものを語らないというのも極端ですし、だからと言っていじけているのとも違います。おそらく、世界に対して柔軟になるんですね。

こうした柔軟さが、一見、状況を暗く見せることもあれど、見えない域においては、上手に心身を回し始めます。
そのテンポは、相手の落ち込みを無理矢理照らし続けるばかりでもないですし、だからと言って、相手の顔色を伺うばかりでもない態度と意思をもたらします。
そうしたサイクルが回り出せば、パートナーとの絆はぐんと厚くなります。
その厚みを智恵のある者は、「愛情」と名づけました。
「愛情」とは、恋愛ストレスとも地続きなのです

さて、恋愛ストレスについて、いかがでしたでしょうか?
全く排除してしまっても、心の幅を広げません。即効性のあるクスリだと思い込んで、経過を無視してむさぼり食っても、それは麻薬と同じになります。
転ぶ時にはポンッと転べてしまう大胆さと、「今、その時、何がどうしたか」を詳細に吟味していく慎重さ、これらの両方で生成していくのが、恋愛関係の向上と呼ばれるものであるようです。
もちろん、そこには、自分自身の成長がワンセットで置かれています。
お医者様でも草津の湯でも治せない難病と称されますが、せっかく生まれてきたのですから、恋愛の難しさを経験しておくのは良い薬になることでしょう。



1.前編 2.後編
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