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サイトマップ/このサイトとは? from 澄美 泣かない人間の分まで、涙を流す人がいます。
その人が不幸というのでなくて、お幸せであるというのでもなく。ふと涙した人間がいたことで、その集団を覆い、張り詰めていた空気が、溶けることがあります。 意識して何か、問題解決が起こったわけじゃない。 だけど、確かに何かが動き、一同、肩の力が抜けるのです。 | |||||
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……無意識が、そうさせるのでしょうか。 誰か他者に、"自分では洗い流せない(と思っている)悲しみ"を洗い流して貰うという現象、行いがあります。 そうした役割を担って来たのが、古代のシャーマンと呼ばれた人たちでもありました。 そうした人たちは、時に悲しみの生贄として、湖に身を奉げても来ました。 けれども、私は、このように思います。 「悲しみを癒すという作業が、悲しみの持ち主によって行われること」が、大切なのではないかと。 悲しみの持ち主でない人間にのみ、悲しみが背負わされる嘆きと癒しは、大きく質を欠いているのではないかとも。 こうした経過によって生まれた幸福感は、実は、そう長くは続かないものです。 そうしたズレから生じるストレスは、ややこしく莫大なものへと変化してゆくでしょう。 大切なことは、"いまここのプロセスにおいて、身をもって癒されていくこと"ではないでしょうか。 ところで、この、湖に身を奉げるという、"生きた人生における、象徴的出来事"においては、転機が生まれることがあります。 この点を乗り越えた人が、幸せに向かって大きく歩き出すというのも、実は、自然の摂理であったりします。 ですから、先ほどのシャーマンの例で言えば、悲しんでいた本人の変わりに、シャーマンが幸せになってしまうのです。 幸せに向かう必要のあった人物には、何故かその頃より、一時的な幸福感の期限が訪れます。 こうしたあべこべが、人を苦しめるものなのかもしれません。 悪いストレスの流れというのは、ボタンを掛け違えたどこかから、生じるのではないかと思います。 また、このようなあべこべのストレスが、世の中に、蔓延しているのを感じることもある昨今です。 悲しむことがいけないだとか、暗い気持ちになることがいけない。 どこかそうした偏った世相が、落ち込むべき時にさえ落ち込ませない。 結果的に、悪いストレスを生み出してもいるのではないかと思います。 けたたましい幸福感の弊害についても考慮した上で、このサイトでは、「人にとって、本当に休まることとは何か?」と考察してゆきます。 |
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